元々このメルマガは、今自分が考えている事、試している事を素早く形にして世に出していくためにはじめました。
最近のメルマガに対するスタンスはどちらかというと「書くセラピー」というか「書くマインドフルネス」と言ったところでしょうか。しんどい、辛い、メルマガ書きたい、みたいな流れですね、はい。
行き先は決めない、メリットも考えない
特に行き先を決めている訳ではないこの旅路に、一体何の意味があって、誰にとってメリットがあるのかなんてことは、とうの昔に考える事をやめました。
人が生きる道というのは、常に未踏の地です。メルマガを書き続けた先に待っている何かやメリットを考えたところで、本当にそんなモノがあるか分かりませんし、そういうモノがあるから理想と現実の乖離に幻滅したり、メリットを感じられずに辞めてしまうのだろうなとも思います。
かつて、ブログで【雑記】シリーズというのを書いていました。
ブログで書き続けても良かったのだけど、今はメルマガでこういう記事を書くことにしています。多分、読者との距離感というか、僕がセンシティブなことを安心して書ける場所って感じやからかなと思います。
かつてはブログで、今はメルマガで。僕は僕の考えた事や、感じたこと、やっていることを書いています。誰のためでもなく、何なら自分の為という訳でもなく。ただ書きたいから書く。それでええんちゃうかなって。
書き続けた記事が年輪を作り上げる
くり返しになりますが、僕の考えた事や、感じたこと、やっていることを書き続けることには、目的はなく、見返りも求めていませんでした。
ただ、最近ふと書き連ねてきた記事を読み返してみて、書き続けてきて本当に良かったなぁとしみじみ思いました。あの頃の自分はどう考えていてたのか、どう苦境を乗り越えたのか、今の自分はあの頃よりも成長できているのか。
書き続けた記事の中にはかつての自分がいて、今の自分がかつての自分が歩んできた道の先にいるんだなと強く実感することができます。
年輪に全てをキャプチャできているわけではないけれど、それでもメルマガで約2年、ブログで15年弱、そこには決して少なくはない自分の軌跡が記録されています。
常にそこには未知なる未来へ挑む自分がいた
書き連ねられた記事の中で僕は、いつもしんどい方向に突っ込んでいって不安に押しつぶされそうになっていて、他人からは「こいつはいつまでも同じようなことで悩んで成長がないな」と思われても仕方ない感じです。
でも、いつでもどんなときでも、未来はどうなるかわかんないし、不安と向き合いながら挑んでいくしかないわけです。言い換えれば、同じ事の繰り返しの人生ではなく、常に挑戦し続けられている人生ってことかなと。
今の自分から見れば過去の自分の悩みなんて今の日常茶飯事だったりするんやけど、それはかつての自分が大変な状況でも、未来に不安を抱いても、頑張って乗り越えてきたおかげで「日常茶飯事」と感じられるようになっただけ。
未来に不安を覚えるのは当たり前やし、今までそれを乗り越えてきたし、失敗だってたくさんしてきたし、いつもしんどいのは挑戦できてる証やから、大丈夫。年輪はそうやって僕の背中をそっと押してくれます。
別にこのためにブログやメルマガを書いてきたわけではないし、これからもスタンスを変えるつもりはないのだけど、書き続けてきて良かったなと思えたことは難しいこと抜きにして喜んでおきたいと思います。