先日Twitterで投稿した内容を少し深掘りしておこうと思います。
昔はこう、ギラギラしていたというか、不遜な感じで「何でも出来る」と思っていた節があります。失敗や挫折も多かったのですが、そういうのを乗り越えて長年やってきた仕事にある種の全能感があったのだと思います。
前職から今の会社に転職をする際にも、大変な事は分かっていたけれど「自分なら何とか出来る」という自信があった様に思います。
2年前にメンタル不調に陥り、1年半前に休職措置に入ってからこちら、「何でも出来る」という感覚はすっかりなりを潜めてしまい、日々限界を感じながら明るい将来の展望を描くことが難しくなっています。
たった2,3年の出来事です。何でも出来ると思っていた人間が、何にも出来ないと思う人間にすっかり様変わりしてしまったのです。
不安に対する反応の変化について
かつての自分は困難に立ち向かう際の反応として
大丈夫、何とかなる
自分なら出来る
人事を尽くして天命を待つのみ
といった、困難に立ち向かう姿勢を終始一貫して持っていたように思いますが、ここ数年は
上手くいかないんじゃないか
自分の体調は持つだろうか
頭が痛い、胸が苦しい、不安だ
もう限界かも知れない
といった反応を示しています。この1年半程は、概ね物事が上手く運んでいたのですが、それでも不安と終始向き合いながら仕事をしていました。
ここ3ヶ月は特に新しい役割、大きなプレッシャー、ストレスフルな毎日によって不安が増し、精神的に消耗をしていったことでより一層後者の反応を強くしていったように思います。
変わったこと、変わらないこと
困難に立ち向かう、ということ自体は変わらないことですが、それに対する反応や心持ちが変わってしまいました。
恐らく、自分の立場や環境が変わったというのもあると思います。十数年やってきた仕事や環境から、全く新しい異文化に飛び込めば制御可能な部分は大幅に減ります。
社会人歴や自分のキャリアアップによって、持つべき責任も大きくなった事は間違いありません。仕事の難しさも、以前より増しているでしょう。
長く働いてきたことで、自分の能力がどんなもんか、どのあたりが今の自分の限界かをある程度把握できているというのもありますし、努力の先にある未来の自分に期待できるほど若くはなくなったというのもあるかも知れません。
しかし、かつての能力に対するかつての困難と、今の能力と今の困難の比率で言えばそれほど変わっていない様にも思います。昔の困難は今にして思えば簡単な事だったけど、昔の自分にとってはやはり巨大な壁だった。
今の自分をスタート地点として考える
かつてのギラギラしていたあの頃の自分に戻ることはきっと無理だろうとも思います。それはうつ病を経験したからではなく、アレは一種の若さ故の全能感であったとも思うからです。
だからこそ、何でも出来ると思っていた自分と、何にも出来ないと思っている自分を比べたり、あの頃に戻りたいと思ったりすることに意味は無いように思います。
今はちょっと悲観的すぎる、と自分で認識したならば、もう少しだけポジティブな方向に考える様に自分に働きかけてみる。不安と付き合いながら、限界を迎えないように少しセーブをしながら、粛々淡々と日々やるべきことをやっていく。
今の「何も出来ないと思っている自分」をスタートラインと考えて、ちょっとずつ、ちょっとずつ軌道修正と改善を加えていければと思います。